科学者かそうでないかの見分け方

少し前のエントリーになりますが、まっとうな神経科学者の方々は現在の脳科学ブームにたいしてかなりの危機感を抱いていますね。過大な期待をかけられてブームになって、当然のごとく一般の人の目からは期待はずれに終わって、取り残されたまっとうな研究者が苦労するというのは科学の世界では繰り返されていますから。


ただ、僕がここで強調したいのは「現在のfMRI(のみならず神経科学という学問全体)では出来ません」ということを、現場の研究者が恥じたり臆することなくきちんと世間に向かって表明することの大切さです。基礎科学研究への世間の風当たりが厳しい昨今においては、パトロンたる国や国民(「納税者」ともいう)を納得させられるような研究の「見込まれる成果」や「有用性」をアピールすることが重要であることはいうまでもありません。ですが、一方でそのような風潮は容易に「まだできない」「今は無理」という基礎科学研究の実態を容易に覆い隠してしまいます。
そういった「現在の科学の限界」を隠すことと引き換えにバラ色の未来を約束することで、ニセ科学や「似非脳科学」がつけ入る隙を作り出しているのだとすればこれは実に由々しきことです。そういったまがいものが跋扈し続ければ、いずれは本物の科学そのものの信頼性もまとめて失われることになりかねません(「啓蒙と警鐘:骨相学の教訓に学ぶ」)。たとえ一時的に世間からの期待感を削ぐことになっても、研究者はその誠実さを示すために科学が作り出し得るバラ色の未来像だけでなく「現在の科学の限界」をも勇気を持って示すべきです。

He seems to be a professor of law. While we were chatting, I was shocked in his words.
What he said was
“I heard recent fMRI technology can surely detect who is lying and who is not lying by monitoring brain activity, right ? That is wonderful! We should use that.”.
I expected someone will deny it. But nothing happened. Then, I reluctantly said,
“Sir, that is myth. You should not buy it.”.

どうも世間には、fMRIやNIRSを含む脳機能イメージング装置に対して、なんでも出来る、なんでも分かるというような思い込みがあるような気がしてならない。
現場でそれを使っている人間には、その限界を思い知らされることばかりなので、このギャップには、本当に困惑する。
たしかに、自分の研究を広く知ってもらい、また役に立つ研究だと思ってもらうには、いろいろな方法でアピールすることが重要だとは思うが、今のマスコミの取り上げ方(と、それに便乗する一部の研究者の姿勢)には、問題が多いと思う。
やはり、「分かりやすさ」だけではなく、その「難しさ」についても話すことが、どこかで必要なんじゃないだろうか。
これらのエントリーを見られると、現在の脳科学ブームの危うさがわかるかと思います。昔は測定手段がかなり限られていたこともあってわからないですんでいたことが、測定技術の進歩からいろいろなデータが得られるようになって、逆にデータの解釈をめぐって混乱が起きているような。
結局科学者の見分け方って、できることを語ると同時に、現状できないこと、わからないことを率直に語れるかだと思います。もちろん未知の領域にチャレンジする以上、困難を乗り越えてブレイクスルーするためには夢を抱き語ることは重要です。そうでないと研究費も集まりませんしね(苦笑)。ただ、できることしか語らないとしたら科学者としてはちょっと?と思ってしまいます。