なぜ解雇規制緩和に抵抗するのか少し考えてみた

解雇規制緩和について論陣を張っているmojixさんが、「常木淳 「不完備契約理論と解雇規制法理」 - Zopeジャンキー日記」で興味深い論文を紹介されていました。
不完備契約理論と解雇規制法理
この論文は現在は独立行政法人 労働政策研究・研修機構が出している日本労働研究雑誌2001年6月号(No.491) 特集:解雇法制の中の一論文ですね。出版時期的にはITバブル崩壊後の不況期に出ていますので、このような特集も組まれたのでしょう。
雇用者−被雇用者間の分析としてはすばらしいものですが、そもそもなぜ雇用者は解雇規制の緩和を求め、被雇用者は雇用の安定を求めるのでしょうか?私は解雇規制に関する問題を、企業業績の変動リスクを雇用者(企業)と被雇用者(個人)の間でどのように負担するかという問題だと捉えています。結局のところ、企業も個人も投資活動を行い、それに伴って資金繰りの問題を抱えていることにあるのではないでしょうか。投資を決断した段階で、長期的にある程度固定的な支払いが発生するのに対して、収入の方が業績に連動して変動します。この危険性は、今回の金融危機で、短期資金で長期投資を行ったファンドや金融機関がどのような運命をたどったのかを見ても明らかでしょう。そのため、業績変動リスクを雇用者と被雇用者の間で押しつけあっていると見ることも出来ます。
ここで個人が大きなリスクを負うと何が起こるのでしょうか。個人の場合は、まずローンによる持ち家を思い浮かべると思います。住宅に関して、持ち家か賃貸か、ずいぶん論争がありましたね。個人の場合は実際には住宅以上に重要な「投資活動」があります。次の記事を見てください。
CNN.co.jp:米で男性避妊手術が急増 経済不安で少子志向か
この記事の中で、興味深いインタビューが載せられています。


ゴールドスタイン博士の患者の半数は金融マンだ。「金融業界や経済全体の状況が、大きな理由だと思う」と、同博士は話す。「子どもたちを私立の学校へ行かせるのに年間3万ドル(約296万円)もかかっている。これ以上は無理だ」と、率直に語る男性もいるという。
テキサス州オースティンの泌尿器科医、ブライアン・カンザス博士の病院でも同様の傾向がみられ、特に解雇などで健康保険を失うことになった男性が「駆け込み」で訪れるケースが目立つという。
個人が負担する投資リスクというとローンによる持ち家を思い浮かべる人が多いかと思いますが、子供を責任持って育てるというのはそれに匹敵する投資活動であると捉えるところ、いかにも金融マンらしいというか(苦笑)。収入のリスクが増大したために、将来の支払い能力に対して不安を感じて、リスクを減少させるためにバランスシートの圧縮を図っているというところでしょうか。このように個人も長期投資を行っている以上、安定取引を求める傾向が出てくると思います。企業でも急激なバランスシートの圧縮は難しいように、個人でもやはりすぐにバランスシートは圧縮できません。これが賃金の下方硬直性に結びついていると思うんですけど。経済が拡大基調なら問題なかったんでしょうけど、残念ながら今の日本経済はそうではないですし。この問題、両極端の展開を想定すると次のようになるかと:

どちらも日本経済縮小への道です。その中間に両者が幸せになれる、再度経済成長を目指せる解があるのか、そのような解を目指すと結局は中途半端でだれもが不幸になってしまうのか。
結局セーフティネットを整備して、みんなが不幸になる道だけは避けようというのが現実解だと思うのですが。現在のセーフティネットの議論は最低限の生存レベルの議論が中心で、子供の問題に関しては、「子どもの貧困―日本の不公平を考える (岩波新書)」や「子どもの最貧国・日本 (光文社新書)」が出版されて、最近ようやく注目を集め出したところですね。

子どもの貧困―日本の不公平を考える (岩波新書)

子どもの貧困―日本の不公平を考える (岩波新書)

子どもの最貧国・日本 (光文社新書)

子どもの最貧国・日本 (光文社新書)

改革案によって解決される問題がある反面、新たに発生する副作用があります。副作用の無いというのは、実際には効果もないことを疑ってしまいます。その副作用が強烈なものであればただ我慢しろというだけでは、死んだ方がましだと思ってしまうかもしれません。比較的短期に終息する問題であれば一時来てな対策でもいいでしょうし、継続的に発生するのであれば、副作用を抑えるための補完的な制度を整える必要があるでしょうね。
解雇規制緩和については、やり方次第では企業側もかえって高く付くケースが有ると思いますし、現にいくつかそのような報道も目にしていますが。