財務諸表からのインセンティブ

昔の古傷がうずく(汗)こともあって、人材流動化とかの議論がホットなとき何度が自分でもエントリーを纏めようとしたのですが、誤解を招きやすい内容でもあるので、躊躇しているうちに時期を逸してしまいました。時期遅れですが、会計には素人の私が無謀にも会計的な観点からひっそりと書いてみます。
ちょっと前に、「数字を使う、数字に使われない」というエントリーを書きました。そのときに改めて思ったのは、バブル期にB/Sを膨らませた後始末のために、B/Sを圧縮してP/L重視に転換したのは良いけど、その副作用が社会問題として現れているなと。人は評価システムの与えるインセンティブに従って努力すると言われていますが、経営層の評価システムといえば基本は財務諸表になります。財務諸表は、初めは貸借対照表(B/S)と損益計算書(P/L)の2表が中心だったのが、キャッシュ・フロー計算書(C/F)が追加され、新会社法で株主資本等変動計算書(S/S)が追加されたようですね。わざわざ複数の表を作るわけですから、それぞれを照らし合わせて総合的に判断するのが本来なのですが、どうも最近はP/Lに評価の重点が置かれすぎて、B/Sが軽視されているのではないか、その結果として企業が成長する上で重要な資産が毀損されているのではないかと思っています。また、ドラッカーが言うように、企業が成長する上で人は重要な資産であるにもかかわらず、B/Sには出てこないのが問題かなという思いを抱いています。
私も企画部門にいたときに経理部門と一緒に良く仕事していたり、情報システムの価値評価とかに取り組んでいたりしたので、会計についても一通り知ってはいるのですが、使っていないと忘れる人なので、目に付いた本でおさらいしてみました。会計の本だと、どうしても経理部門や会計士向きに書かれた本か、最近は投資家向きに書かれた本が多いのですが、マネジメント向けに書かれた「決算書がスラスラわかる 財務3表一体理解法 (朝日新書 44)」がわかりやすく、また私が日頃抱いていた問題意識についてもずばっと書かれていました。

決算書がスラスラわかる 財務3表一体理解法 (朝日新書 44)

決算書がスラスラわかる 財務3表一体理解法 (朝日新書 44)

財務諸表の関係ですが、「第1章 会計は難しくない」の「財務3表はつながっている」が本当にわかりやすく書かれていますね。著者は会計研修もされていて、結構人気のようですが、その理由も分かります。その関係は次のように説明されています。

まず、「どのようにお金を集め」て来たかを表すのは貸借対照表の右側です。

貸借対照表の、負債の部の流動負債・固定負債と、純資産の部の資本金と利益剰余金です。この集められたお金で、利益を生み出すエンジンである資産を築きます。

これに対して、貸借対照表の左側は「何に投資」しているかを表しています。

貸借対照表の資産の部の流動資産、固定資産、繰延資産です。この資産が利益を生み出す源泉となります。

そして、損益計算書が、会社が事業活動を通して「利益をどれくらい上げたか」を表しています。

損益計算書の売上高、費用、利益です。そして、この一連の諸表の評価に基づき、経営者としての株主の一員である投資家は、企業経営を委託した経営者に意見します。投資スタイルによって、この諸表の見方は変わってきます。バフェット氏に代表されるような長期投資家はどちらかといえばB/S重視、ファンドはどちらかといえばP/L重視の行動に出ている感じです。まあ、Boston Consulting Groupが提唱したGrowth-share matrixn(wikipedia:en:Growth-share matrix)のどこに位置するかで、投資判断は変わってくるでしょうけど。最近ですが短期投資家としてのファンドの影響が大きくなったせいか株価を動かすのはほとんどP/Eですよね。その分、経営者に対してP/Lを重視するインセンティブが強く働いているといえます。
さて、P/Eですが経営再建のときに真っ先に取り組むのがB/Sの圧縮であるように、B/Sを圧縮しようとするインセンティブが強く働いているといえます。特に売り上げの変動が大きい業種では、B/Sが大きいと固定費も大きくなるので、アウトソーシングなのでなるべくB/Sを大きくしない傾向が強まっているように見えます。実は人そのものは貸借対照表の資産には出てこないのですが、固定費圧縮という観点から人的資産といえる正社員を極力少なくするインセンティブが働いています。ここで問題は、資産は利益を生み出すエンジンですので、短期的にP/Eを重視しすぎて投資を絞ると、長期的には企業の成長が止まってしまうことにつながると言うことです。この辺は会計の専門家も問題視していて、そのバイアスを補正するためにバランスト・スコアカードが提唱されています。これは財務の視点だけではなく、顧客の視点、業務プロセスの視点、学習と成長の視点など、企業の成長を支える指標を取り入れることで、資産を毀損してしまうことの無いようにする経営手法です。


4つの視点とは、財務の視点、顧客の視点、業務プロセスの視点、学習と成長の視点であり、各視点ごとに目標、業績評価指標、ターゲット、具体的プログラムが設定される。

  • 財務の視点:株主や従業員などの利害関係者の期待にこたえるため、企業業績として財務的に成功するためにどのように行動すべきかの指標を設定する。
  • 顧客の視点:企業のビジョンを達成するために、顧客に対してどのように行動すべきかの指標を設定する。
  • 業務プロセスの視点:財務的目標の達成や顧客満足度を向上させるために、優れた業務プロセスを構築するための指標を設定する。
  • 学習と成長の視点:企業のビジョンを達成するために組織や個人として、どのように変化(改善)し能力向上を図るかの指標を設定する。

決算書がスラスラわかる 財務3表一体理解法 (朝日新書 44)」でも、「「人間」は財務諸表に出てこない」というコラムで次のように警告しています。

財務諸表で評価できるのは会社の経営内容だけです。それだけでは分からない会社の価値がたくさんあることを、とりわけ会社の将来の成長力を診断するうえで欠かせない判断材料である、社員の価値や知的財産の価値は財務諸表の数字に表れないことは、くれぐれも肝に銘じておいてほしいと思います。

私も人材流動化は必要だとは思いますが、固定費削減という安易な発想から進めたいというのであれば、後々企業の成長が止まるというしっぺ返しが来ますよと言いたいです。ドラッカーのいう人が最大の資産で有るという言葉、忘れないでほしいと思います。
mojixさんが、「解雇規制がなくなり、雇用流動性が増すとどうなるのか - Zopeジャンキー日記」の中で、


私が思っていたよりも反発が少なく、むしろ同意の声が多くて、意外なくらいだった。はてなユーザは経済学や経営の観点から見れる人が多いからだろうか。もし一般レベルでこの話をしたら、きっと7〜9割くらいは反対だろうと思う。
と書いているのは、特にソフトウェア産業ではまさに人が最大の資産なので、流動化した方が労働者にとってもプラスになるという意見を持った人が多いのかも。それに対して、いわゆる資本集約型の設備産業で働く労働者の方は、別な意見を持つでしょうね。その辺両立できるような制度がうまくできれば良いんですけど。
会計の素人が無謀にも会計の観点から流動化の背景について考えてみました。